2009.02.10 (Tue)
心について
心について考えてみます。
どんな構造になっているのか?
考える手がかりとして、デカルトの心の三要素、知情意をもちいて考察してみます。
難しい哲学書の解説を使うのではなく、自分の心を感じながら進めます。
知:理性、知識、知性、倫理観、道徳観、宗教観、哲学観等
情:喜怒哀楽の感情、欲望、快・不快、好き・嫌い等
意:意志、意欲等
その他にもうひとつ、最も根源的なものを感じます。
それは、心の奥から湧き起る「衝動」「パッション」です。
愛情として感じることもあります。
情より深く、情の湧く以前に感じるものなので、
情とは分けて考えたいと思います。
この衝動は、止めることも、抑えることも出来ず湧いてきます。
無限のエネルギーを感じます。
何かの対象に対して、無性に湧いてくる衝動。
人を、愛さずにはいられない衝動を持っていた人と言えば、
マザーテレサが思い浮かびます。
また、周りには理解されなくても、
全く価値のないように見えるものでさえも、徹底的に研究する
科学者、発明家にも、情動、パッションを感じます。
心にはさらに、心の向いている方向(方向性)があります。
心の矢印が、相手を向いているのか、自分を向いているのかです。
しかし、この矢印の方向は、自分ではよく見えず、
錯覚したり、妄想しているのが通常です。
また、相手からは、その矢印が見えやすいものです。
自分からは見えず、相手からは見える、という特徴があります。
<自分の心の矢印が、相手の方に向いている場合>
たとえ、相手から怒られようが、責められようが、
相手の思いを理解しようという心の状態は変わりません。
きっちりと、相手と話し合うことが自然と出来ます。
<自分の心の矢印が、相手には向いていない場合>
(向いていると錯覚している場合)
相手から怒られたり、責められると、
相手の思いを理解しようという心の状態にはなりません。
自分の心が反発して、相手の話を聞くことが出来なくなります。
不平、不満が生まれてきます。
しかし、その時にチャンスが訪れます。
相手の話を聞けない時、自分の心の矢印に気付くチャンスです。
「あっ、自分は相手の話を聞こうという思いがないな」
「あっ、自分は相手のことを理解したいと思っていないや」
その時
「それじゃ、相手と通じなくても当然だな」と気付くことがあります。
不思議と、そんな気付きがあると、急に相手と通じたりします。
心が脱皮したような瞬間です。
気付くと、自分の心の矢印が相手に向いています。
いろいろな方と接していると、多くの人が、心の矢印を錯覚しています。
一生、錯覚で終わることもあると思います。
衝動があり、心の矢印が向いた相手と結ばれるものだと思います。
そんな二人には、いろいろな問題が起こっても、
それを解決できる心のパワーがあります。
また、ぶつかり合いながら、いろいろな自分の
心の姿が浮き彫りになってきます。
お互いに、今まで知らなかった自分の本性に出会います。
また、その自分との出会いが喜びとなります。
「こんな自分もあったんだ」
「うわー、こんなにひどい自分だったんだ」
自分との出会い。
しかし、あなたのパートナーは、そんなあなたの闇の部分を
、好きかもしれません。
「えっ、そんなにひどいと思うんだ」
「私には、普通だけど」
「その方が自然で、いいと思うよ」
そんな時、自分で自分の闇を嫌っていた自分が、
自分の闇を嫌でなくなってしまうかもしれません。
「えっ、これでもいいんだ」
「えっ、これが自然なんだ」
なんだか、闇から解放された感覚になります。
自分で自分のことが心底好きになってきます。
パートナー無しには、得られなかった感覚です。
共に生きれることに感謝。
相手が存在してくれたお陰で、自分が存在するんだ、
と感じる瞬間です。
心には、衝動、方向性、知、情、意が存在すると感じています。
次回は、心の縛り、心の癖などについて、考えていきます。
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どんな構造になっているのか?
考える手がかりとして、デカルトの心の三要素、知情意をもちいて考察してみます。
難しい哲学書の解説を使うのではなく、自分の心を感じながら進めます。
知:理性、知識、知性、倫理観、道徳観、宗教観、哲学観等
情:喜怒哀楽の感情、欲望、快・不快、好き・嫌い等
意:意志、意欲等
その他にもうひとつ、最も根源的なものを感じます。
それは、心の奥から湧き起る「衝動」「パッション」です。
愛情として感じることもあります。
情より深く、情の湧く以前に感じるものなので、
情とは分けて考えたいと思います。
この衝動は、止めることも、抑えることも出来ず湧いてきます。
無限のエネルギーを感じます。
何かの対象に対して、無性に湧いてくる衝動。
人を、愛さずにはいられない衝動を持っていた人と言えば、
マザーテレサが思い浮かびます。
また、周りには理解されなくても、
全く価値のないように見えるものでさえも、徹底的に研究する
科学者、発明家にも、情動、パッションを感じます。
心にはさらに、心の向いている方向(方向性)があります。
心の矢印が、相手を向いているのか、自分を向いているのかです。
しかし、この矢印の方向は、自分ではよく見えず、
錯覚したり、妄想しているのが通常です。
また、相手からは、その矢印が見えやすいものです。
自分からは見えず、相手からは見える、という特徴があります。
<自分の心の矢印が、相手の方に向いている場合>
たとえ、相手から怒られようが、責められようが、
相手の思いを理解しようという心の状態は変わりません。
きっちりと、相手と話し合うことが自然と出来ます。
<自分の心の矢印が、相手には向いていない場合>
(向いていると錯覚している場合)
相手から怒られたり、責められると、
相手の思いを理解しようという心の状態にはなりません。
自分の心が反発して、相手の話を聞くことが出来なくなります。
不平、不満が生まれてきます。
しかし、その時にチャンスが訪れます。
相手の話を聞けない時、自分の心の矢印に気付くチャンスです。
「あっ、自分は相手の話を聞こうという思いがないな」
「あっ、自分は相手のことを理解したいと思っていないや」
その時
「それじゃ、相手と通じなくても当然だな」と気付くことがあります。
不思議と、そんな気付きがあると、急に相手と通じたりします。
心が脱皮したような瞬間です。
気付くと、自分の心の矢印が相手に向いています。
いろいろな方と接していると、多くの人が、心の矢印を錯覚しています。
一生、錯覚で終わることもあると思います。
衝動があり、心の矢印が向いた相手と結ばれるものだと思います。
そんな二人には、いろいろな問題が起こっても、
それを解決できる心のパワーがあります。
また、ぶつかり合いながら、いろいろな自分の
心の姿が浮き彫りになってきます。
お互いに、今まで知らなかった自分の本性に出会います。
また、その自分との出会いが喜びとなります。
「こんな自分もあったんだ」
「うわー、こんなにひどい自分だったんだ」
自分との出会い。
しかし、あなたのパートナーは、そんなあなたの闇の部分を
、好きかもしれません。
「えっ、そんなにひどいと思うんだ」
「私には、普通だけど」
「その方が自然で、いいと思うよ」
そんな時、自分で自分の闇を嫌っていた自分が、
自分の闇を嫌でなくなってしまうかもしれません。
「えっ、これでもいいんだ」
「えっ、これが自然なんだ」
なんだか、闇から解放された感覚になります。
自分で自分のことが心底好きになってきます。
パートナー無しには、得られなかった感覚です。
共に生きれることに感謝。
相手が存在してくれたお陰で、自分が存在するんだ、
と感じる瞬間です。
心には、衝動、方向性、知、情、意が存在すると感じています。
次回は、心の縛り、心の癖などについて、考えていきます。
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